メンターを担当する時に行っていること

僕はスタートアップや新規事業立ち上げをサポートするプログラムでメンターを担当することがあります。

(「サポート」とか「メンター」という言葉を使う是非は脇に置いておいて…)
今回はメンターを担当する際に考えていることをまとめました。

  • メンターを依頼されたもののどういうスタンスで望めばいいかわからない時
  • 今抱えているプロジェクトについて、岡島に相談するかどうかの判断材料が欲しい時

などなど、ご参考ください。


メンターとしてチームのお手伝いをする際、口出しするところ/しないところを明確にしている。

  • 口出ししない項目
    • そのプロジェクトが成功するかどうか
  • 口出しする項目
    • 「ユーザーに受け入れられるか」の確認方法の設計
    • 売上を作る実験
    • 技術的な実現性の確認方法の設計
    • プロジェクトを進めるための原動力の深掘り
    • プロジェクトを進めるための役割分担

口出ししない項目

そのプロジェクトが成功するかどうか

そもそもプロジェクト初期の段階で成功失敗を正しく予測することはほぼ不可能だ。

当初は「技術的に不可能」「技術的には可能でも多分売れない」と判断したチームが、その後多くのユーザーを集め成功した、という経験はスタートアップに助言を求められた人にとっては必ずあるはずだ。
(少なくとも僕はたくさんある)

プロジェクトの成功失敗は「時の運」含め様々な要素により決まる。このような議論はプロジェクトの初期では参考にならないし、参考にならないのであればメンターとして口出しする意味はない。

むしろこの後紹介する「うまくいくかどうかをどのように検証するか」のほうが重要だ。

なお、事業そのものに対する批判の無意味さはこちらの記事を読むとわかりやすい。

口出しする項目

「ユーザーに受け入れられるか」の確認方法の設計

プロダクトの成功失敗が予測できないとはいえ、成功率を上げるために工夫すべきことは多い。開発初期の段階で、プロダクトがユーザーに受け入れられるかを検証する作業がその一つだ。

最近ではPoC(Proof of concept=コンセプト検証)と呼ばれる手法を、様々な企業が実践している。
(事例:MKIと沖縄銀行、AIを活用したテキストデータ解析のPoCを開始

プロダクトがユーザーに受け入れられるかの検証手法には3つの方向性がある。

  • コンテクストの検証(ユーザーがプロダクトをどのように知り、購入し、使うかを検証する)
  • ファンクションの検証(必要な機能が動作するかの検証)
  • デザインの検証(プロダクトの利用場面に機能が当てはまるかの検証)

それぞれについては深掘りすると話が長くなるので省略するが、多くのチームが勘違いする「完成品間近のキラキラしたプロトタイプを作ってからユーザーテストを行う」という考え方は、手戻りのコストがかかる可能性が高い。

紙工作でもダーティモックでも良いので、低コスト/短時間で作れるプロトタイプをユーザーに触れさせ、その反応を見ることでアイディアの何が受け入れられ、何が受け入れられないかを確認し次のプロトタイプに反映するスタイルが、リソースと時間が限られたスタートアップにとっては有効だ。

どのようなプロトタイプを作るべきかは、そのプロダクトのターゲットユーザーや提供価値により変わる。僕がメンターとして参加する場合はチームが考えるプロダクトの理想像をヒアリングしつつ、どのような実験を最初に行うかを一緒に考えるようにしている。

売上を作る実験

プロダクトの開発が大規模な場合、リリースに時間がかかるしそのプロダクトが売上を生むまでに長い時間がかかる。そうした場合、売上を生むまで自分やメンバーのモチベーションを維持することは難しいし、そのプロダクトが本当にビジネスになるのかも確認しづらい。

そこで、想定するビジネスモデルの縮小版をプロトタイプとしてリリースし、実際に買ってもらえるかどうかを検証する方法を紹介することがある。

例えばチームが、
「AIを駆使して分析レポートを自動生成し有償で提供するサービス」
を開発しているとする。

小売店向けに日々の売上データをもとにした従業員の個別の売上パフォーマンスについてのレポートの生成を行うサービスや、野球チーム向けに練習状況から選手の分析レポートの生成を行うサービス、というイメージだ。

こうしたサービスは、うまくいけば元となるデータをクライアントから受け取るだけで、レポートを短時間かつ低コストで生成できるので、良いビジネスになりそうだ。

しかし一般的にAI分野のプロダクト開発はお金や時間のリソースが膨れがちだ。そして技術的にチャレンジングなプロダクトほどシステム完成の後に販売テストを行いたくなる。

しかし例えば、下記について確認しないまま開発を続けると後から大きな手戻りが発生する可能性がある。

  • そもそもクライアントはどのようなフォーマットのレポートを必要としているのか?
  • クライアントはレポートにどの程度の精度を求められるのか?

これらを確認するために、まずは人力でレポートを作成する。そしてそれに値札をつけ、売れるかを検証する。こうすることで「少なくともこのフォーマットでこの値段であれば想定顧客に売れるらしい」という自信を得ることができる。これが開発中のプロダクトへの自信につながり、かつユーザーの反応を踏まえてさらに要件を明確にし、開発を続けることができる。

メンターとして関わる場合、こうした「小さい売上を作る実験」の設計を手伝うこともある。

技術的な実現性の確認方法の設計

ハードウェア系のプロジェクトを手伝う際に比較的よくあるパターンだ。量産の視点で必要な要件を洗い出し、どのようなプロトタイプを作ることでそれらの要件を検証するか、こうした一連の計画を一緒に検討することは多い。

プロジェクトを進めるための原動力の深掘り

チームがプロジェクトを進める上で、モチベーションは重要だ。当初のアイディアをもとにしたプロダクトのピボットや閉鎖はあったとしても、最初に設定した「解決すべき課題」に対する挑戦心を維持する事は重要だ。

そこでしばしば、チームリーダーと「なぜそれをやるのか、なぜその人がやらなくてはいけないのか」を深掘りすることがある。

人によっては金銭的な成功を目指すし、人によっては承認欲求を満たすことを目指す。社会の発展を願うケースもある。いずれも正しい原動力だ。

なぜ金銭がほしいのか、なぜ承認欲求を満たしたいのか、なぜ社会発展を願うのか、それらを深掘りすることで、その人の根本的なモチベーションが見えてくる。起業家自身が根本のモチベーションを認識していれば、たとえピボットしてもプロジェクトが迷走する可能性は低くなる。

起業家が自分に嘘をつかずにプロジェクトを進めるためにも、メンターとして適切な提案をするためにも原動力の深掘りは大事だ。

プロジェクトを進めるための役割分担

スタートアップのコアメンバーに求められる役割には以下の4つがある。

  • 事業の10年後を描く人(CEO:経営×10年後)
  • 今の事業を現場でハンドリングする人(COO:経営×今)
  • 10年後、チームが持つべき技術をイメージする人(CTO:技術×10年後)
  • 今のメインプロダクトの開発をハンドリングする人(開発責任者:技術×今)

つまり「技術と経営」「今と10年後」の2つの軸で4つのカテゴリに分ける。そしてそれぞれに人的リソースを配置する。

これらの役割は無理に4人に分ける必要はない。メンバーがリーダーひとりだけなら一人四役でも良い。重要なのはシチュエーションに合わせて、これらの役割に合わせて考え方を切り替えることだ。

エンジニア出身のリーダーの場合、目の前のプロダクトの開発に専念しすぎて事業の未来を思い描けず適切なマイルストーンを置けない場合があるし、技術の未来を考えすぎて、今目の前にいる顧客候補の満足度を確かめるための実験計画を設計できない場合もある。

もちろん、一人でこれらをやり続けるのは限界があるので人を増やし、役割を振る必要がある。しかしその場合もただ肩書を与えるだけでなく、上記の4つの役割を自覚してもらうことが必要だ。

起ち上げ当初のチームはメンバーが1,2人という場合が多い。そうしたチームをお手伝いする際は、直面する課題に応じてこれらの頭を切り替えて対応してもらうためにも、「頭の切り替え役」として議論に参加することが多い。


今回は僕が考えるメンターの役割、行っていることをまとめました。立ち上げ初期のチームにとってはいずれも重要なポイントだと思っています。

スタートアップにとってのイグジットや資金調達の意味

スタートアップ関連のニュースを見ているとIPOやバイアウト、資金調達などのニュースを多く見かけます。Facebookでシェアされるこれらのポストでよく見かけるのはコメント欄に並ぶ「おめでとうございます」の文字。

結論から言うと僕は「おめでとうございます」ではなく「お疲れ様です」と伝えることにしています。

なぜ「お疲れ様です」なのか。スタートアップにとってのイグジットや資金調達の意味について自分の考えをまとめました。


スタートアップが成長する上での資金的な節目は大きく2つある。

  • 株式と引き換えに運転資金を手に入れる「資金調達」
  • IPOやバイアウトなどの「イグジット」

資金調達と株式

資金調達は重要である。売上以外の大きな資金を得られ、この資金を活用することでプロダクトを発展させることができる。しかし多くの場合、資金調達はVCや投資家への株式の放出を伴い、創業者の保有株式が少なくなると経営における発言権は弱まる。

よってスタートアップの成長に都合の良い資金調達とは、放出する株式を最小限にして最大限の金額を調達すること。そのためにはプロダクトの開発を進めていくことを通じて企業価値と株式の価格を上げ続ける必要がある。そうすることで成長段階に合わせて調達金額を増やしつつも、放出する株式を最小限に抑えることができる。

しかし、うまくいかないケースもある。例えば運転資金は減っていきつつも、プロダクトの開発が進まない場面での資金調達。こうした場合、たとえ初回の資金調達に成功してもその後企業価値と株式の価格が上がらず、初回と同等規模の資金を同等規模の株式で調達することになる。これが続くと調達金額に見合わない量の株式を放出することになり、経営における発言権の低下につながる。

資金調達はプロジェクトの一定の存続につながるが、成長度合いによっては発言権の大きな低下につながる可能性がある。「資金調達=100%ハッピー」というわけではない。

イグジットと経営権、自由度

イグジットの代表例はIPO(上場)とバイアウト(売却)の2つ。いずれも条件次第で創業メンバーに大きなお金が入る出来事。しかしこれらも場合によってはスタートアップにとってハッピーでないことが起きる。

上場するとより多くの資金を得ることができる。しかし上場前に比べて様々な人間が株を持つことになり、短期的な利益向上のプレッシャーが高まる傾向がある。よって長期的な視野になった経営が難しくなる。会社によっては上場後に非上場に切り替え、短期的な利益でなく長期的な利益の追求に舵を戻そうとするケースもある。
(最近だとテスラがこのパターン。撤回したみたいだけど)

バイアウトも同様で、契約次第だが売却後も一定期間プロダクトの運営を売却先の会社の中で行うことを義務化されることがある。次の新たなプロジェクトを立ち上げることを目的にバイアウトを目指した場合、このような契約は足枷になる。

またプロジェクトに関わり続けるとしても、売却先の会社の意向が強く反映され、思ったとおりの運営ができなくなる可能性もある。

金銭面以外にも、プロジェクトやチームメンバーの生活の安定を考えるとバイアウトは魅力的だが、メリットとデメリットの間で悩んだ末に苦渋の判断としてバイアウトを決めるスタートアップもあるだろう。

IPOもバイアウトも資金調達同様「100%ハッピー」というわけではない。


一見華やかなイグジットや資金調達も、スタートアップにとって「してやったり」のケースもあればそうでないケースもあります。全てのイグジットや資金調達のニュースが無条件にハッピーなイベントというわけではないのです。

しかし間違いなく言えるのはこれらの節目はスタートアップにとって「ほっ」とする瞬間だということ。

個人的には資金調達のニュースもイグジットのニュースも、「ほんとお疲れ様でした。引き続き頑張ってください」という思いで見ています。
(そしてコメント欄に書き込んでいます

「先進テクノロジのハイプ・サイクル:2018年」に出てくる用語をざっくり解説

ガートナーより技術トレンドを紹介する「先進テクノロジのハイプ・サイクル:2018年」が発表されました。

大きなポイントは次の5つ。

  • AIの民主化
  • エコシステムのデジタル化
  • DIY (自己流) バイオハッキング
  • 透過的なイマーシブ・スペース
  • ユビキタスなインフラストラクチャ

これらのポイントや、ハイプ・サイクルの中から気になるテクノロジーを紹介します。


イマーシブ・スペース

直訳すると「没入空間」。VR的な空間に没入するというわけではなく、人間の生活空間に相互に通信し合う高度なデバイスが張り巡らされ、人間は自身に最適化されたデバイス郡の中に没入していくといったイメージのようです。

スマートダスト

超小型の賢いセンサー。(ロボット的な側面もあると思います)

DARPAも極小ロボットの開発支援を始めています。イマーシブ・スペースとも関連するのだと思いますが、これらの超小型ロボットが人間の生活を体内外からサポートするのでしょう。

4Dプリンティング

全く知りませんでした。

昨年のハイプ・サイクルですでに登場している技術でした。時間の経過や周囲の環境に応じて形状を変えるオブジェクトを造形することを目指す技術だそうです。

現在の3Dプリンタは形状記憶素材などを除けばその形状を一定条件で変えるといったプログラマブルな要素は含んでいません。4Dプリンタはそこを変えようとしてるようです。これもイマーシブ・スペースにつながる技術でしょう。

4Dプリンティングはこちらの記事も詳しいです。

ニューロモルフィック・ハードウェア

これも初耳。そして昨年のハイプ・サイクルにも登場しています。こちらは調査中。ニューロンの動きを真似た何かしらだと思いますが…。

バイオチップ

DNAなどを並べて固定化した基板。これを使うと細胞内の遺伝子の状況などが把握しやすくなり、現状では創薬などの分野で活用されているそうです。

ソフトウェア開発で考えるとデバッグツールのようなもの。だとするとこういった技術が安価に使いやすくなると、arduinoがハードウェア開発の最初のハードルを下げたように、個人レベルで遺伝子改造ができるのかもしれません。(倫理面での課題もあると思いますが)

デジタルツイン

物理空間で実際に動作する機材や重機の動きを、バーチャル空間内で正確に再現する仕組み。3DCADのソフトウェアなどでも強度テストをバーチャルに行える様になっていますが、試作品にセンサーなどを取り付けて動作させ、その結果をシミュレーションに反映させて精度を上げることで開発上の様々なトラブルを防ぐことができます。

自動車開発において、何回も車を破壊しないと取れなかったデータを最小限の破壊で収集でき結果として開発コストを削減できる、そういった効果が期待できます。

デジタルツインはハイプ・サイクルのピークに位置づけられています。つまりこれから幻滅期に入ることが予測される技術。「再現精度が意外と低い」「再現精度を上げようとすると演算能力が必要になり結果として金銭コストがかかる」そういった現場の声が出てくるのでしょうか。


次から次へと新しい用語(もしくは再定義された用語)が出てきますが、大きな流れは、

  • 高度な技術の導入コストを下げる
  • 日々の煩雑な作業を簡略化し、人間しかできないことに専念できる状況を作る
  • ムダを減らす

こういった単純なベクトルに乗って動いているのだと思います。

スタートアップとは何か。既存企業はスタートアップにどう関わるべきか

僕はDMM.make AKIBAというスタートアップが集まるコワーキングスペースの運営に関わっていることもあり、日頃から大手企業や行政の方からスタートアップそのものやスタートアップとの協業について相談される事が多いです。このエントリではその際お話していることをまとめました。

  • スタートアップとは何か
  • スタートアップとお金
  • スタートアップと既存企業の協業
  • 既存企業は何を得るのか
  • 既存企業はスタートアップにどう関わるべきか

スタートアップとは何か

そもそもスタートアップとは大きく下記の2つの意味で使われる。

  1. 何かしらの事業をおこすチーム
  2. 短期間で急激な成長を目指す少人数のチーム

日本ではを2の意味で使われることが多い。このエントリーでも2の意味で話を進める。
スタートアップと「ベンチャー企業」との違いは以下のように説明できる。

  1. ベンチャー企業:リスクの高い領域でビジネスを行う企業
  2. スタートアップ:領域は関係なく、少人数で急激に成長する企業

つまり「1万人規模のベンチャー企業」「大手製薬会社と競うスタートアップ」という形も成り立ちうる。スタートアップの場合、領域は関係ないとはいえ「革新的なプロダクト/サービス」を期待されることが多い。

スタートアップが行うべきことは、良いプロダクトをより多くのユーザーに短期間で届けること。良いプロダクト、多くのユーザー、短い期間についての定量的な基準は特にないが、設定した課題を解決するプロダクトを創業から2,3年程度でローンチするチームは投資家などから良い評価を得られるようだ。

彼らにとってのゴールはチームによって様々だが、一つの区切りとなるゴールは大きく分けて2つ。

  • 他社に買収されること(バイアウト)
  • 株式市場に上場すること。(IPO)

この2つは総称して「イグジット」と呼ばれている。

成功の規模も様々。創業半年〜1年程度でどこかの会社の一事業として買収される場合もあれば、Nest Labsのように、立ち上げ2,3年でイノベーター層に受け入れられるスマートフォーム製品を送り出し、その後Googleに約32億ドルで買収されるケースもある。

当然Nest Labsのようなスタートアップはごく一部であり大半のスタートアップは目標半ばで解散する。

スタートアップとお金

スタートアップが解散する理由は様々だがお金が無くなったから解散というケースが多い。プロダクトを開発する間、スタートアップは売り上げを持たないケースが大半である。

従来の発想であれば、自社製品開発のコストを確保するために並行して受託開発などを行い、最低限の売り上げを立てる場合が多い。しかし多くのスタートアップはそれを選ばない。

本来の目的である、良いプロダクトを多くのユーザーに届けることを「短期間」で達成するのが難しくなるからだ。良いプロダクトをローンチすることにリソースを集中する戦略が、スタートアップにとって最良とされている。

とはいえメンバーの給料やオフィスの家賃、そして自分自身の生活費により資金は減り続ける。そこで活動資金を入手する必要が出てくる。資金調達の主な方法は次の3つ。

  • 銀行などの金融機関からの融資を受ける
  • 国や自治体などが管理する助成金を得る
  • 投資家やVCからの資金調達を行う
    (これ以外にも、エンジニアが本業のサブプロジェクトとして立ち上げたような超初期の段階では「ビジネスコンテストなどの賞金」も便利な資金調達方法だ)

それぞれ長所短所があるが、このあたりは十分な説明ができるほど事例を見ていないので詳しくは書かない。ただ成功しているスタートアップの多くは金融機関であれ自治体であれば投資家であれ、自社のビジョンや戦略を共有できる、信頼できる相手から資金を得ている。

一方、資金が尽きる前に追加投資を説得できるだけの成果を上げられないスタートアップは資金が尽き、解散する。
(プロダクトを完成させていないスタートアップが何を成果に資金調達しているかは色々なパターンがあるので別の機会でまとめる)

スタートアップと既存企業の協業

スタートアップが開発や販売などの面で既存の大手企業と協業するケースは増えている。スタートアップが既存企業と協業する背景は2つある。

  • 開発中のプロダクトのクオリティを高め、ローンチを早めるための協業
  • より多くのユーザーを獲得するための協業

スタートアップには各社それぞれ長所短所がある。取り組むテーマや解決のためのアイディアは優れているが技術が乏しいというスタートアップもあれば、その逆のパターンもある。一口に技術といっても、電子回路やサーバサイドなどの分野のプロトタイピングは得意だが、量産や大規模サービス運用の経験を持つスタッフがいないスタートアップもある。

量産技術面に不安を持つスタートアップは要素技術や生産、物流機能を持つ大手メーカーなどと連携するケースが多い。また、技術は優れているが情報発信や販売に関するノウハウの乏しいスタートアップが、大手メディアや広告代理店、商社と協業することでその弱点を埋めるケースもある。

ソフトウエアであれハードウェアであれ、製品開発であれ販売戦略であれ、必要なスキルをまんべんなく持つチームでないと良いプロダクトをユーザーに届けることは難しい。こうした背景からスタートアップが自身の弱点を埋めるために既存企業と協業することは多い。

技術面での協業事例として、指輪型デバイスの開発を目指す16Labと、大手メーカーであるアルプス電気による「OZON」の共同開発が挙げられる。
http://eetimes.jp/ee/articles/1510/13/news064.html

上であげた「資金調達」も見方を変えれば資金不足という弱点を埋めるための協業とも言える。

既存企業は何を得るのか

スタートアップとの協業を望む大手企業の目的は、自社だけでは生み出せない新たなプロダクトやビジネスに早いうちから関わることで、「将来的な利益」を受けられるようにする点にある。

将来的な利益の代表例として以下の2つが挙げられる。

  • 自社技術や商材に社外からの意見を取り込むことによる多様な新製品(とそれによる売上)
  • スタートアップとの協業そのものがもたらすマーケティング効果

大手企業はその歴史と組織の大きさゆえに自社のリソースのみで新たなビジネスにチャレンジをするのが難しい。スタートアップの持つ革新的なアイディアやビジョンが、大手企業が新たなチャレンジを起こすために有効だろう。スタートアップとの連携に可能性を感じる企業は多い。

既存企業はスタートアップにどう関わるべきか

連携に可能性を感じ、様々な企業がアクセラレーションプログラムやハッカソン、イベントを通じてスタートアップとコミュニケーションを取り、中には協業に至るケースがある。

しかし、大手企業とスタートアップの協業の全てがうまくいくわけではない。破綻するケースの一例として以下のようなものが挙げられる。

  • 意思決定スピードが違いすぎて作業が進まない
  • 大手企業側担当者の異動
  • 一方が短期的な成果を追い求めすぎる

そうした事が起こる場合の背景として、スタートアップと大手企業側それぞれの目的意識、ゴールイメージを共有できていない点があるだろう。

スタートアップとの協業により作り出そうとするある事業が、大手企業の担当者にとっては並行して進めている複数の事業の一つである一方、スタートアップにとっては直近1,2年で成果を出さなければ自社の解散につながる重要な事業だった、というケースもある。こうしたギャップは大手企業とスタートアップ双方のモチベーションの違いにもつながる。

スタートアップと関わろうとする企業は、協業して進めたい事業について下記のポイントを明確に発信する必要がある。

  • 時間軸
  • 目指す成果
  • 事業に対し自分たちが提供できる価値
  • スタートアップに提供して欲しい価値

ハードウェアの製品化のために、どのような試作品をいつ開発すればよいか

製品化を目的としたハードウェア開発において試作は重要だ。紙に描いたアイディアスケッチだけでは量販店に並ぶ製品は生まれない。アイディアの誕生からユーザーの手に届けられるまでの過程では膨大な量の試作品が開発される。これはハードウェアスタートアップにも大手メーカーにもあてはまる。

一方、目的なしに数多くの試作品を開発しても意味は無い。限られた時間と資金の中で出荷までスムースに進むためにも、適切な試作品を適切な時期に開発することが重要となる。この試作フェイズについて、ハードウェア開発の現場で見聞き経験したことをもとにまとめてみた。

1)どのような試作品を開発するか

開発する試作品の要件を決めるためには、その前に製品化に際してクリアすべきテストを決める必要がある。テストでの確認事項は大きく3つに分けられる。

・製品のアイディアや提供価値がユーザーに受け入れられるか
・製品が実用に耐えられるか
・実際に製造が可能か

これらのテストに対応する形で、試作品には3つに分類される。製品化に向けていずれも必須のものである。

a)製品が想定ユーザーに受け入れられるかを検証するための試作品

これは製品アイディアや形状、提供サービスが受け入れられるかを検証するものだ。製品アイディアをもとに「具体的な機能は搭載していないがとりあえず見た目だけ再現したもの」や「見た目は悪いがとりあえず提供機能だけ再現したもの」などを試作し、それを実際にユーザーに使ってもらい反応を見る。

リーンスタートアップの手法でもよく言われることだが、ユーザーに「何が欲しいか」を聞いても適切な答えは返ってこない。荒削りでも良いから見た目か機能か、何かしらの要素を含めた試作品(MVP / 実用最小限の製品)を複数開発し、ユーザーに利用させ観察する。

このフェイズでは、一つの試作品に多くの検証項目を盛り込むと失敗する場合がある。見た目のデザインや機能など、様々な要素を盛り込んだ試作品を用いてテストした場合、ユーザーの反応がどの要素によってもたらされたものか不明確になるからだ。

この検証は製品開発の初期に行われる事が多い。このフェイズでの検証は最終的に製造する製品に求められるスペックを決定するために重要だからだ。このフェイズでの検証に不足があると、仕様も部材も製造する工場も全てが決定した後に「やっぱりこの機能を削除して代わりにこの機能を追加」といった事が発生する。時間と資金を有効利用するためにもこのフェイズの検証は重要だ。

この段階での試作品は、誰でも作ることができるものから専門業者に依頼すべきものまで、多岐にわたる。ソフトウェア開発の現場ではUI設計のために紙に書いたイラストをもとに初期検証する場合があるが、ハードウェア試作においても同様だ。アイディアの初期検証であれば数千円で購入できるArduinoやmbed、Edisonなどを活用できるし、形状のみの検証であれば3Dプリンタや、テストによっては紙工作で作ったものでも良い場合がある。(その形のまま製品にできるかは別として)

より高度なテストを行うための試作品の開発には専門のプロダクトデザイナーやハードウェアエンジニアに依頼する事が必要だが、プロダクトオーナーが一人で試すことができるテスト、一人で開発できる試作品も多く存在する。

当然、思い描いていた製品が「ユーザーに受け入れられないアイディア」であることがわかった場合はプロジェクトの一時中止という判断もありうる。しかし、このフェイズで反応が良くなかった企画も、実際に形になるにつれユーザーの反応が良くなることもあるので、プロダクトオーナーにはユーザーの声に振り回さないことも求められるのかもしれない。

b)製品が実用に耐えられるかの検証するための試作品

これは製品がユーザーによる実際の利用に耐えられるかを検証するものだ。製品によっては風雨や振動、雑な操作などにさらされる場合がある。また無線通信や電源など、機能によっては国が定める様々な法規に従った仕様にしなければいけない。その製品が実際に使われる場面を想像しながら、対環境、対法規など想定して様々な試作が必要になる。

この検証はa)のフェイズも後半に差し掛かり、ユーザーの利用シーンや求められる機能が明確になった段階で可能になる。ここではa)のフェイズで明確になった要件を元に、実際の利用を想定した仕様を備えたプロトタイプの開発が行われる。

このフェイズも非常に重要であり、ここが破綻していると「風雨にさらされるIoTキャンプ用品を目指していたのに小雨を受けただけで壊れることがわかった」「日本国内で販売するはずが国内の技適取得が不可能なスペックだった」といった問題が発生する。

この段階での試作にはハードウェア製造に関わった経験があるエンジニアのアサインや、EMSのような企業との連携が不可欠だ。プロダクトオーナーには当初のアイディアのコアを維持したまま、開発チームから提案される「現実な製品仕様」との調整能力が求められる。

c)その製品が実際に製造可能かの検証

当然ながら物理的に実現不可能な試作品を試作することは不可能だ。一方で見落とされがちなのは、その製品が工場で適切に製造可能かどうかの検証だ。

b)の段階までの試作品はユーザーニーズと実際の利用に耐えられる仕様を満たしている仕様であるとはいえ、手作りの「一品物」である事が多い。しかしビジネスにするためにはある程度の量産が必要だ。そのためにはクオリティを維持したまま製造工場で速く多く作らねばならない。そのため射出成形機やチップマウンターなど、外装やエレキ部品の量産を目的とした様々な機材を使用する。

しかしb)のフェイズで決定された仕様のままでは、部材や設計の観点から量産のための機材では製造できない、もしくは製造コストが非常に高くなる場合がある。このフェイズではそれまでの試作品の設計を微妙に修正しながら量産可能なものに修正し、工場側と調整、検証していく作業が発生する。

このフェイズでもプロダクトオーナーには当初のアイディアのコアと実現性(製造コストなど)のバランスを取ることが求められる。

2)いつその試作品を作るか

a)b)c)それぞれの検証は多くの場合、その順番通りに開発されていく。そして各フェイズの中でどのような試作品から開発検証していくかが重要だ。

例えばa)では少なくとも、
・見た目のデザインの検証(色/形状/手触りなど)
・機能の検証(ユーザーインターフェース/応答時間など)
があり、それらについても検証項目は数多くあるだろう。

b)においても同様で、
・防水性
・熱
・耐久性
など、プロダクトオーナーとして満たしたい項目は多い。
(そして多くの場合、そこまで気が回らず後から困ることになる)

a)b)で何を検証したいかを早い段階で明確にすることが重要だ。そのためには製品に求められることを思いつく限り書き出していくことが必要だ。「当たり前だから書き出す必要がない」という項目は存在しないし、うまく言語化できないのであればまずは「かっこいいデザイン」などでもいい。とにかく自分がその製品に求めることを書き出し、その項目をさらに細分化していく。これにより途中でプロジェクトに入ったメンバーでも製品に求められる機能やコンセプトを把握しやすくなるし、エンジニアも何を実現させればいいのかを理解しやすくなる。

この作業はプロダクトオーナーが非エンジニアであればあるほど重要だし、早い段階から始めるべきだ。文字として書き出すことで自分自身が製品に求めることが明確になるし、アイディアの穴も見えてくる。

ここで書き出された項目のうち、特に重要なものから検証すべきだ。つまりまず作るべき試作品は重要な検証項目を検証できるものとなる。このようにすればどのような試作品をいつ作るかを決めることが可能だ。

どのような試作品をいつ作るか、ということについてまとめた。様々なケースを見る限り、速く安く作るためには以上のことを思い描くことが必要だ。